#星野源ください

夢の中へ連れていく

一杯いかが

 

目が覚める。

外には街灯の灯りしか見えない。真っ暗だ。

 

今は何時か、とスマートフォンで確認する。めちゃくちゃ眩しい。目を細めながら見ると日付を越えていた。

夕方に帰ってきて布団もかけずにベッドに沈みこんだはずが、まだ肌寒い夜だから と薄手の毛布がかけられている。ありがとう彼女!

 

寝室の半開きの扉からは光が漏れている。まだ起きているのだろうか。

水を飲みに行くついでに確認しよう。

 

「おぉ、ほんとに起きてるとは」

「おはよう源さん」

「おはよ。ていうか早く寝なさいよ」

 

今日締切のレポートが終わらない、量が多すぎる とごにょごにょ言っている。

よし、彼ピッピ♡ が美味しいコーヒーを淹れてあげよう。自分のを作るついでだが。

 

ポットに水を入れて沸かす。少し暑くなるだろうか。

 

「そこのしかめっ面のお嬢さん、コーヒーはホットとアイスどっちがいい?」

「んー、氷みっつ」

 

それはただぬるいだけなのではないだろうか。

まあいい。猫舌な彼女には丁度いいのかもしれない。

 

お湯を注ぐと共にコーヒーのいい匂いが広がる。カフェインが入っていて眠気が覚めるというが、匂いに関しては安眠作用もありそうだ。

 

「はいどうぞ」

 

砂糖を少しだけ加えた赤いマグカップを彼女のパソコンの横に置く。

 

「いただきます」

 

飲んだ瞬間 ふわっとほころぶ顔が、俺はとても好きである。まるで気を抜いた小動物のようでとてもかわいい。

 

これからは、もっと頻繁に作るようにしようかしら。今度は美味しいアイスティーを探そうかな。

ぬくもり

 

「今日はまた 懐かしいの聴いてるね」

 

彼女は気が付くといつも俺の作った曲を聴いている。

本日の風呂上がりセレクトはSAKEROCKのアルバムらしい。ソファーに体育座りで小さくなって、ただただ聴いている彼女を見るのが、いつからか恒例となった。

 

とても楽しいとは言えない音楽制作の毎日があったことを思い出す。成長したんだなあ、俺も。

 

「おげんさん」

「なにかしら」

 

おげんさん という響きがどうやら気に入ったようで、あの放送日から そう呼ばれることが多くなった。

 

「私、今の源さんも昔の源さんも好きよ。どっちも愛せる自信があるわ」

 

何の恥じらいもなく、しっかりと目を見て言える彼女はすごい。

 

「俺の彼女さすが、最高だわ」

 

なんて誤魔化すように笑って、髪を乾かしにいくのを理由に そそくさとリビングから逃げた。

不意打ちだからか、日々の疲れもあるのか。

 

下を向いて、洗面台に置いた手元に涙が落ちる。

胸の奥が あたたかさでぎゅうっと締め付けられるような感覚があった。

 

「おげんさん、髪乾かしてあげようか」

 

とりあえず精神統一をはかろうと両手で顔を覆って深呼吸をくりかえしていると、楽しそうな彼女が顔を出した。うっすらと Emerald Music が聴こえる。なるほど、それはテンションも高まるでしょう。

 

「泣いてる?」

 

バレた。顔を覆ったままでも、後ろでクスクスと笑っているのが分かる。

 

「おまえが急にあんなこと言うからだろぉ」

「お嫌でしたら次から言いませんわよ」

「・・・次からもお願いします」

 

笑い声が大きくなった。俺の涙は止まっていた。

顔から手をのけて頬を拭うと、鏡越しに 今度は彼女が泣いているのが見えた。

 

「泣いてんの!?」

「好きすぎて泣けてきた」

「なにそれ」

 

今度は俺が笑った。

自分がめちゃくちゃ幸せ者であることを、今日のこの十分も経たない内に実感することになろうとは。

 

「ふふ、嘘だよ。ただの笑い泣き」

「はあ!?」

「いいから髪乾かそう! 風邪ひくぞ!」

 

強引に椅子に座らせられ、そのままドライヤーを当てられた。

 

おれしってるんだぜ。

 

さっきのは笑い泣きなんかじゃなかったこと。

体温と

 

「まだ起きてたの?」

 

日付を超えて家に帰った。彼女が眠そうな顔をしながらもソファーに座ってテレビを見ていた。

 

今にも寝てしまいそうな彼女からの返事はなく、とりあえず風呂とか着替えとかを済ませることにした。する前に座ってしまうと億劫になってしまうので気力だけで済ませ、寝室の扉を開けた。

 

彼女がベッドに腰掛けて窓の外を眺めていた。

 

「源さんの生活音を聞いてました」

「ふは、なにそれ」

「ちょうレア」

 

起きてると言っても頭は回ってないようだ。

なによりも、この時間まで寝ていないのは体に悪いだろう。早く寝なさい。

 

「明日も朝早いんでしょ」

 「うん。でも」

 

今日も一日話せなかったから、だから帰ってくるまで待っていた と、一緒に寝ようと言うのだ。可愛いじゃないか。

 

久しぶりに同じ時間に眠りにつく。

最近は俺の帰りが遅く、先に眠っているところに潜り込むことが多かった。朝は大体 彼女の方が先に起きていて、朝ごはんを作ってくれていたりする。

 

「久しぶりに腕枕でもしてあげよう」

 

一緒に寝られることがなんだか嬉しくなって、得意技「腕枕」を発動した。

距離がとても近くなる。いい匂いがする。シャンプーと柔軟剤と、それから これはきっと彼女独特の甘い匂い。

 

愛おしくなって抱きしめた。お互いに内を向いて、片方ずつ腕を回して足を絡めた。ああ、もうこのまま致してしまいたい。

 

もう少し早い時間に帰れていたら、俺は迷わず このままキスをして服を脱がせていただろう。

 

でも今日はいいのだ。このまま体温を感じて、それから幸せな朝を迎えよう。あと数時間経てば朝が来る。そこからまた時間が経てば夜が来るので、その時までお預けである。

プレゼントで約束しよう

 

今日は午後から休みだ。久しぶりに買い物に出かけようと思う。一人で。

 

彼女は仕事である。そもそも不定期で午後が休みになるような職はほぼないだろう。

だから俺にとってはとても都合のいい日だ。

 

今日は彼女の誕生日。一年が経つのはあっという間だ。

 

午後から休みと聞いていた俺は、今日までプレゼントを買わなかった。急な仕事が入らなくて本当によかった。

 

去年の誕生日は間に合わなかったのだ。

 

その日、買う物は決まっていたものの 帰りでいいか と朝のうちに買っておかなかったのが仇となった。仕事終わりに時計を見ると、営業時間はとっくに終わっていた。

ケーキはマネージャーさんに頼んでおいたので、結局それだけ持って帰ってプレゼントは次の日に渡した。

 

今回はそうはさせない。

 

ケーキだって自分で買って帰るし、プレゼントも間に合わせる。

ただ一つ不安なのは何を買うか決まっていないということだ。彼女の欲しいものがわからない。

 

あまり何かが欲しいとねだられたことがない。ご飯を奢る時に食べたいものを聞くことはあるが、アクセサリーやバッグなど そういった類のものを「買って♡」なんて言われたことがない。

 

困った。事前にリサーチしておくべきだった。

共通の友達はいない。相手の親御さんに聞けるはずもない。

 

・・・自分の両親に聞く?

いや! 今回は一人でできるもんチャレンジをするのだ! 誰かに頼ることなく、俺一人で!

 

自問自答を繰り返していると、いいアイデアが浮かんできた。そうだな、そろそろお互い いい歳だ。

 

 

 

「ただいま」

「おかえり。誕生日おめでとう」

「ふふ、ありがとう」

 

彼女が仕事から帰ってきた。

年度始めでなかなか忙しい時期。少し遅くなることも心配したが、定時で終われたらしく安心した。

 

「誕生日なんだから帰りなさいって先輩が声かけてくれてさ」

「あ、そうだったんだ。よかった」

「なんか準備してくれてるの?」

 

ふはは、驚くなよ。

 

「まあまあ、着替えておいでよ」

 

すでに嬉しそうな彼女の顔に、俺まで頬が緩んでくる。

 

今日は頑張ったのだ。

午後、オフなのを最大限に活用し、近所のスーパーに多少の力を借りたものの料理には力を入れたし、ケーキは彼女の好きなものにした。

お酒も、少し高いものを買った。俺は味もよくわからないので店員さんに選んでもらった。彼女がよく飲んでいるものを覚えていてよかった。

 

だが、本番はここからだ。

誕生日プレゼントには指輪を買った。

 

目の前の料理に目を輝かせ、「これ源さんが作ったの!?」なんて驚いている場合じゃないんだぜ、お嬢ちゃん。

 

あなたがケーキを食べ終わったら いよいよ俺の緊張はマックスで、片膝をついて、それから顔を上げて目を見て言うのです。

 

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風呂上がりのアイスの話

 

朝は少し寒くて、日中は暑くて、夜は涼しくなった。桜が散って春が過ぎて、今度は新緑の季節がやってくる。

 

そして今夜、俺の家の冷蔵庫の中には棒付きのアイスが入っている。お風呂上がりに片手で食えるやつだ。

 

しかし、今日は多分食べたらお腹壊す日である。なんとなく予想がつく。

とりあえず、お風呂に入ってから考えよう。

 

 

 

なんということなんだ!

 

風呂から出たら彼女が美味しそうにアイスを食べていた。

 

箱にいくつか入ったものを買ったので数はある。だが目の前でにこにこしながら食べられては拷問だ。

俺は口にしたらお腹を壊すかもしれない、いや、壊すことと爽やかな風呂上がりを存分に楽しむことを天秤にかけているというのに! 世界はなんて不平等なんだ!

 

「源さんアイス食べないの?」

「食べたいよ俺だって」

「お腹の調子悪いの?」

「今は悪くないけど、多分食ったら下る」

「下らないかもしれないなら食べたらいいのに」

 

なるほど。

確かに下らないかもしれない。

 

「食べないの?」

「・・・食べる」

 

冷蔵庫から取り出したアイスを差し出され、素直に受け取ってしまった。彼女の手には二本目のアイスが握られていた。まだ食うのか。

 

その後、ソファーに座ってテレビを見ながらアイスを食べた。

窓から入る少し冷たい風と、風呂上がりの濡れた髪と、それから隣に座る彼女の肩の暖かさがものすごく心地よかった。

 

「源さん大丈夫?」

 

数10分後、俺はお腹を壊した。

夏のアイスも控えめにしようと決意した。

もしもの話

 

「もし明日ミサイルが落ちてきて死ぬなら、今から何する?」

「おまえとせっくす」

 

丁度スマートフォンで動画を見ていたところに彼女からメッセージが入ったので、勢いに任せて返信した。

 

もし明日地球が滅亡するなら なんて、ありえないだろって言って笑いが出る質問だったのに。もし明日ミサイルが落ちてきて死ぬなら は、ありえなくもない質問になってしまっている。

 

そんなことを心配するくらいなら、来ないかもしれないけど来ると信じて疑わない明日を想像する方がよっぽど有意義だろう。

 

でも本当に、明日が最後の一日なら。

 

俺はきっと真っ直ぐ彼女の元へ走って、会話なんてする間もなく服を脱がせて、くっついて離れなくなるんじゃないか って思うほど抱きしめて、それから繋がったまま終わりを迎えられたら一番いい最後だと思えるかもしれない。

 

最後の晩餐は彼女の作る少し味の濃い野菜炒めが食べたいし、それを食べた後はセックスしたい。

目を瞑る前に最後に見るのは彼女の目がいいし、セックスもしたい。

 

こんなことばかり考えていると本当に明日ミサイルが落ちてきてしまうような気がして、彼女に会いたくなった。

 

日付も変わるけど、そんなの構わず会いに行こう。そして身体を交わそう。

 

きっと明日も明後日も、1年も何10年もずっと生きていける。

ミサイルなんて落ちてこないまま、地球だって滅亡しないまま、君の隣で人生の最後を迎えられたら俺はそれでいいのだ。

 

でも今は、とにかく会いたい。

複雑な男心

 

「ちょっと、もうつぶれてるじゃないの」

「あ〜! やっと来たぁ! おっそい!」

 

目の前でジョッキ片手に怪しい呂律で、仕事が終わってから これでも急ぎ気味で来た俺を叱っているのは古い友人である。

 

「やってらんねぇよぉおお」

「ふは、声がでかいから」

 

どうやらゾッコンだった彼氏に振られたようで、今夜はヤケ酒だそうだ。こんな時にばかり俺は呼び出されている。

それはきっと俺が酒を飲まず、どれだけ酔っても手を出すこともなく安心安全に家まで送り届けてくれると確信しているからだと思う。

 

これまではそうしてきたが、俺だっていつ我慢の糸が切れるかわからないんだぞ! 男はみんな狼なのだと習わなかったのだろうか。それとも俺だから、と信じきってしまっているのだろうか。

 

「なんで、なんで」

 

酒を飲みながら、かと思えば机に突っ伏しながら涙をぼろぼろと零して「あんなに好きだったのに」だの「どこがいけなかったの」だの泣き言ばかり言っている。

 

「こらこら、俺の気持ちは?」

「なにいってるんだよぉ」

「んー、言わないけど」

 

どうせ今日のことも忘れるんでしょうが。・・・だったら言ってもいいのかしら。

 

今日も俺は手も出さず、チューすらせず家まで送り届けて自分の家に帰ってしまうんだろう。なんて情けない男なんだ。

 

「可愛いお顔が台無しですよ」

「いいもん、どうせ彼氏もいないもん」

 

本やドラマなら「俺がいるだろ」なんてセリフが出てくる場面だ。言う勇気は俺にはない。

なんて不毛な恋心なんだ。かれこれ何年もこの気持ちをしまい込んだまま。

 

まったく、俺はいつになったら勇気を振り絞れるのやら。

 

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